2014年4月23日水曜日

炎のチャレンジャー(フェルマーの最終定理)

トクマルシューゴさんが譜面にしたMountain Boysです





4分の4で解釈した場合



8分の11で解釈した場合


32分の34と、32分の35で解釈した場合(リフの前半と後半で。もうめちゃくちゃ)










病的だな......
僕は譜面できないし体で覚えてやってるだけなので正解はわかりませんが、こっちのほうが正しいっていう解き方わかったら連絡ください

2014年4月16日水曜日

野生



魔法のような瞬間を求めてやってる。闇雲にかきわけてても中身がないから、なんかしらのコンパスというか、地図が必要なことは確かだけど、でもそれが教科書になっちゃったらもう意味ないじゃん。
やり方なんてなんでもいいんだけど、なんでもいいんだけど、教科書を感じさせないでくれよってのはなんかアルっすね!可能性を感じたいのにさ!



スタイルじゃなくて音だって、よく言ったもんで、しかし、ノリだけでもあかんのでPRACTICEに余念無しでいきたくても、いつまで経ってもヘタクソなのだ。





ヘロイン






2014年4月11日金曜日

VACA


ダラダラしたり、怠けたりしてないと曲できない。



ロジェ・カイヨワの『遊びと人間』によれば、



遊びは贅沢な活動であり、余暇を前提としている。飢えている人は遊びはしない。次に、遊びは強制されて行われるものではなく、ただ楽しいからつづけられているわけで、したがって、退屈し、飽き、あるいは気分が変わったというだけで、遊びは左右されてしまう。また他方、遊びは建設も生産もしないように定められている。なぜなら、その結果を御破算にするのが遊びの本質だからだ。それに反し、労働と科学とは自分の生む結果を資本蓄積し、多少とも世界を変革するのである。さらにまた遊びは、内容を無視した形式信仰を助長するが、もしそこにいささかでもエチケットや体面や、せんさく好きといった趣味が混じ、官僚主義や手続きの繁文縟礼(はんぶんじょくれい)が入ってくるようならば、この形式信仰は偏執狂的なものに墮するかもしれぬ。
――(ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』p.27、多田道太郎・塚崎幹夫訳、講談社学術文庫、1990)











ホンゲェ