2014年4月11日金曜日

VACA


ダラダラしたり、怠けたりしてないと曲できない。



ロジェ・カイヨワの『遊びと人間』によれば、



遊びは贅沢な活動であり、余暇を前提としている。飢えている人は遊びはしない。次に、遊びは強制されて行われるものではなく、ただ楽しいからつづけられているわけで、したがって、退屈し、飽き、あるいは気分が変わったというだけで、遊びは左右されてしまう。また他方、遊びは建設も生産もしないように定められている。なぜなら、その結果を御破算にするのが遊びの本質だからだ。それに反し、労働と科学とは自分の生む結果を資本蓄積し、多少とも世界を変革するのである。さらにまた遊びは、内容を無視した形式信仰を助長するが、もしそこにいささかでもエチケットや体面や、せんさく好きといった趣味が混じ、官僚主義や手続きの繁文縟礼(はんぶんじょくれい)が入ってくるようならば、この形式信仰は偏執狂的なものに墮するかもしれぬ。
――(ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』p.27、多田道太郎・塚崎幹夫訳、講談社学術文庫、1990)











ホンゲェ









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