2026年3月15日日曜日

April Childについて①

 2024年の12月に、丘くんから誘われて名古屋今池のBYでソロライブがあった。久しぶりにサマーオブファン(名古屋のレーベル?DJチーム?イベサー???謎チーム)のみんなに会えるのを楽しみにしながら向かった。

当日会場で、いまや在野の文化人類学徒兼ワインクラブ会員というよくわからんジャンルの人になっているかおりくん a.k.a 顔が、セレクトしたワインを各種出していたのだが、その手伝いとして、毛糸でできたドレッドのカツラを被った(どゆこと?)だいぶファンキーないでたちの男性が来ていた。パーティー好きそうな人だし(偏見)、俺のライブとか哲学しちゃってる雰囲気だからあんまハマらんかもなーとか失礼ながら勝手に思ってしまっていたのだが、いざ始まってみるととても楽しげに聴いていてくれていてなんだか嬉しかった。

イベントが終わって、誰かから「〇〇さん(←毛糸ラスタの人)が、『あの人はトラック作って歌ったらいいと思う!』ってすごい楽しそうに言ってたよ」と伝えられて、「ははは、そっかー」とかてきとうに返していたのだが、実はその感想は自分にとってタイミング的に色々と感じるところがあるものだった。

自分のバンド編成の時にサポートでベース弾いてくれてた池部さんが11月でぬけて、さらにウッシーも2025年からは海外にツアー行きまくり生活になることが決定しており、手伝ってくれていた人たちの人生のもろもろが次のフェーズに突入していく季節が訪れていた。バンドをどうするのかを考え直さなければいけなかった。個人名義になって以降、気兼ねなく頼める友だちに手伝ってもらおうという、ある種ゆるい考えでこれまでなんとなくやって来ていたのだが(自分はいつまでもこういうアマチュア気分が抜けない、というかずっとやってることアマチュアなのだと思う)、年齢を重ねてなのか、それだけではたちゆかないものが現れてきていた。生活とかお金とか。

一人でできることを考えなければいけない、そんな時に投げかけられた謎ラスタマンの言葉は、期せずして自分にとってある種のガイダンスとして響いた。その少し後、実家を訪ねた時に久々聴いたミッシーエリオットのCDがダメ押しとなり、宅録でR&Bでも作るかーという何となくの方向性が自分の中にできあがった。

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